言葉にしてみる日記

日頃考えていることや感じたことを言語化するために書いているブログです。

実践的な意義と学術的な意義

科研費の季節になり、学内の研究者が作成した研究計画調書の内容を読んで、気づいたことをコメントして返すという毎日です。

 
そのなかで、実践的な意義と学術的な意義を考える機会がありました。
 
「人文・社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする」科研費という性格上、やはり、その研究計画がどのような学術的背景に根差したものか、研究成果はどのような学術的意義を有するかといったことを明確にアピールする必要があるのですが、研究分野によっては、例えば、教育学や社会学、芸術といった分野では、現実の問題解決を志向する研究者、現実の問題解決を目指す活動を行っている研究者がいます。
 
ちなみに「学術研究」については、次のように定義されています。
学術研究」とは自然、人間、社会におけるあらゆる現象の真理や基本原理の発見を目指して、人間が自由な発想、知的好奇心・探求心をもって行う知的創造活動です。
 
現実の問題解決を自らの活動の源泉とするこれらの研究者は、目の前の課題を解決するための手段として、関連研究分野の理論や仮説、分析の枠組、その他の内容知や方法知を活用しようとします。
 
そのため、彼らの書く研究計画調書の特徴としては、次のような記述が用いられることが挙げられます。
 
  • 研究目的:「○○の問題を解決するために、××の理論・方法を活用した働きかけの有効性を明らかにすること」
  • 研究方法:「①○○の問題について、☆☆地域を事例として取り上げ、調査を行う。②××の理論・方法を活用した働きかけの方法を検討し、実際に試行する。③☆☆地域の状況を事前調査の結果と比較し、実践の効果があったかを確認する。」
  • 研究の意義:「○○の問題解決に有効な働きかけの方法のひとつが明らかになる。」
 
このときに感じるのが、「○○の問題解決に有効な働きかけの方法を明らかにすること」ではなく、「○○の問題解決を行うこと」が目的となってしまっているものが多いということ。
 
具体的に言えば、研究目的で「検討した働きかけの方法の有効性を明らかにする」といいつつも、「検討した働きかけの方法とその他の方法の効果の比較」や「○○の問題解決に関わる要素の分析と相互関係を考察する」といった作業が研究計画に含まれていないものが多いのです。
 
そのようなときは、『先生の書いた研究目的を達成するためには、働きかけの方法の有効性を検証することが必要ではないですか?』、『問題解決も大事ですが、その働きかけにどのような意味があったかをより緻密にかつ明確に示さないといけないのではないですか?』という趣旨のコメントを慎重に言葉を選びつつも返すようにしています。
 
非常にデリケートな、その人の研究者としてのアイデンティティーにも触れる可能性のあるコメントですので、たいへん気を遣います。
 
さて、以前、飲料に適した水がない地域に住む子供たちのために、日本の優秀なベテラン技術者(職人)を現地に派遣して、井戸をつくるという番組がありました。
 
その職人の技術や職人の勤務する会社の機械を使えば簡単に井戸を掘れるのですが、職人は、現地の人と一緒に現地にある材料で工具器具をつくり、また、井戸堀りに熱心な若者を通じて、井戸掘りの技術を他の現地の人にも伝えるということをしていました。
 
印象的だったのは、『自分の役割は、ここに井戸を掘ることではなく、ここの人が自分達の力で井戸を掘り、維持管理できる方法を示すことだ。』という職人の言葉です。
 
これは、現実の問題解決を志向する研究者、現実の問題解決を目指す活動を行っている研究者にも通じるのかもしれないと思います。現実の問題を解決することそのものではなく、現実の問題解決に資する「何か」を明らかにして、それを他者に伝えることも、それと同様にあるいはそれ以上の意義があるように思います。
 
この人にしかできない・分からない実践を、研究者同士で共有化できる形にするということが、学術の何よりの意義ではないでしょうか。
 
現実の問題解決を志向する研究者、現実の問題解決を目指す活動を行っている研究者という存在は、大学のなかではどちらかといえば少数派であり、また、現場の関係者にとっては非常に有り難い存在であると思います。
 
科研費という研究資金制度の趣旨に合致させるため、彼らが重んじる実践的意義に加えて、学術的意義を示す研究計画調書に仕上げることができるか、それが私自身の当面の課題です。