読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

言葉にしてみる日記

日頃考えていることや感じたことを言語化するために書いているブログです。

「再生」タイプのグループワーク

先日、とあるイベントでグループワークを体験してきました。講演を聞いて、その後、4、5人でグループをつくり、課題と解決策を話し合って提案にまとめるという流れです。

 
課題と解決策を話し合う際に用いられたツールが、マインドマップでした。
 
マインドマップという手法は知ってはいましたが、はじめてやってみるということになり、ちょっと楽しみにしていました。
 
 

f:id:masterpiece0924:20151220010233j:image
こちらは、そのイベントではなく自宅で改めてやってみたもの。テーマは、「わかるって何?」を新たに考えてみました。はじめてなので、「キーワードが長い」や「もう少しカラフルにしなきゃ」、といったご指摘はそのとおりです。
 
 
参加者はその場ではじめて出会った人ばかりなので、自己紹介までは少し緊張感がありましたが、その後は割りと自然体で話し合うことができました。
 
というわけで、全くもって不満だというわけではありません。むしろ、グループ内のまとめ役をやってもらった人や私たちとは異なる立場から違った見方を示してくれる方、その他全員の貢献により、きちんと結論まで至ることができました。ただ、少しだけ気になったことが、タイトルにある「再生」タイプのグループワークだなあ、という思いです。
 
「再生」タイプというのは、私が名付けたものです。簡単にいえば、参加者各々が「知っている」、「わかっている」、「説明できる」事柄を、他者に伝える(=「再生する」)ことが対話の中心となるグループワークです。
 
例えば、「こんな課題がありました」、「こんな問題の原因はこうだと思います」、「こういう経験をしたことがあります」というような、「自分の認識」を他者に「再生」しようとする話し方といえば分かりやすいでしょうか。
 
このタイプのグループワークは、お互いに「知っている」、「わかっている」、「説明できる」事柄を相手にきちんと伝えることが大切なので、会話のやりとりは比較的活発化するのではないかと予想しています。
 
『実は、あんなことやこんなことがありました。』
『私も、似たようなこんなことがありました。』
『そうですね、こういうことも説明できそうですね。』
『それって、心理学では○○っていうらしいですよ。』というようなやりとりが繰り広げられると思います。
 
このタイプの会話がよくないというわけではなく、個人的には、せっかくグループワークをするのだから、グループでは、知らないこと、(簡単には)わからないこと、(うまく)説明できないことを取り上げて、参加者に、これまでの自分を見つめ直しつつ、他者の考えや発言に耳を傾けて、認識を新たにするという機会をつくってはどうかと考えています。
 
最近、参加するグループワークの多くが、①課題発見、②課題の分析と解決方法の検討、③課題と解決方法の提案(プレゼン)をコンパクトに半日ないし1日で行うというものが多い気がしますが、参加者の学びの質として、お互いに「知っている」、「わかっている」、「説明できる」事柄を話し合うことは、情報交換や意見交換になり得ても、お互いに学習し合うことにつながっているのか、という疑問があります。
 
実施報告のことを考えると、「見える化」するということは確かに大切なことではありますが、参加者同士が「落としどころ」を探って話し合う場になっているとすれば、とても残念だなぁと思います。
 
考えに考えたあげくうまく答えにまとめきれなかったということも現実にはありうるし、むしろ、現実の問題解決場面では、そちらのケースが多いかなとも思います。
 
わからないことを考え抜くプロセスを経たグループの学習者と、落としどころを見つけて対話が進行したグループの学習者との間で、その学びにどのような質的な差異があるかは興味深いですね。
 
 
※「再生」タイプの特徴は、参加者1人にとって、いわゆる「内化」よりも「外化」に重きを置いたグループワークを指します。こう名付けたのは、対話のやりとりは活発でアクティブですが、参加者にとって、既有の知識体系の見直し(概念変化、学びほぐし)の必要に迫られることはないという意味で、認知過程がアクティブとは言えないというニュアンスを示したかったからです。